医療画像デジタル化と院内コンピューターネットワーク

平成9年 (1998) 12月17日  レントゲンフィルムの電子保存化開始(MAPLE)
平成10年(1999)  1月 4日 眼底写真の電子保存化開始
平成10年(1999)  7月16日 デジタル心電計導入、供用開始
平成10年(1999)  8月    電子カルテソフト「ドクターソフト」導入
平成10年(1999)  12月 1日 同ソフトをレセプトソフト部分のみ供用開始
                   電子カルテ部分の改造を試みるが失敗
平成13年(2001)  9月 1日 本格的電子カルテ(BML)供用開始
平成23年(2011)  4月1日 電子カルテを日本医師会のORCAと連携したCMSに変更

 カルテは誰のもの? 今のところ、法的には各医療機関の物ですよね。守秘義務もあって原則持ち出し禁止です。このため、本人ですら知ることが出来ず、無駄な検査を繰り返し受けることも多かった。母子手帳から、学童検診の記録、職場の健診記録、各医療機関での受信記録、老人健診など市の健康診査の記録。これらが一連のものとしてそれぞれの機関と共に本人が管理し、必要に応じて必要なだけ自己責任の元に医療機関に提示して診療を受けることができれば、私たち医師にとってもより正確な診断に繋がる情報がいち早く得られ、無駄な時間を節約し、検査や薬もだぶることなく医療費の有効活用が出来るはずです。

 私は検査結果についてはこれまで検査センターに2部ずつ結果報告の伝票を届けてもらい、1部はカルテに貼り、1部は本人に赤のボールペンでしるしをつけながら説明した後、持って帰って保管して貰うという方法をとってきました。2階にある理学療法室に行く患者さんには本人にカルテを持たせて2階へ行って貰い、理学療法士に必要事項を書き込んでもらってまた本人が持って戻り会計をするという形です。心電図もコンピューターの大型画面で一緒に見ながら説明してきました。

 しかし、カルテは慣れ親しんだドイツ語というかカルテ語で書く方がどうしてもスピードが速く、なかなか日本語で書くのは、外来の患者さんが多くて、漢字は時間がかかってとても難しい。だからこのままでは開示しても読めないでしょう。他のドクターにすら読めないかもしれない。というかおそらく読めない。時には後から自分でも何と書いてあるのかわからないことだってあるではありませんか。こんなことではいかんのです。

 何とか時間をかけずに、日本語で、それに誰にでも読める活字でカルテを書くべきだとずーっと思っていました。しかしなかなかそういうソフトにめぐり合えない。自分で作ろうという試みもしてきました。時間の制約もあってそれもうまくいかなかった。今度ようやくこれならいいかなあというソフトにめぐり合いました。やってみます。細かいところはいろいろ不満もありますが、今のところうまくいっています。
 10年たって、電子カルテを日本医師会のレセプトソフトORCAと連携したCMSに変更しました。データの継続性という意味ではマイナス要素もありましたが、Windows OSが7から10へと移行する中、マイクロソフトが無償アップグレードしていくのに 10に移行する予定はないというBMLの説明に納得がいかず、決断しました。BMLの時は細かいところなどは自分で都合の良いように修正できたのですが、今は受付事務の子がいない時間外などはとても不便で、会計を翌日回しにしたり少し迷惑を掛けますが、普段は患者さんと一緒にカルテを見ながら入力し、説明しています。いつでも見学OKです。
 今、院内で3つのコンプーターネットワークが動いています。従来からのイントラネットにインターネットがつながったもの、電子カルテ10台のネットワーク、レントゲンと、胃内視鏡検査、腹部ECHO検査が繋がったものの3つです。次の目標は胃透視の機械をデジタルに変更する機会をうかがっていますし、現在の機械は耐用年数を過ぎて修理用の部品もないと言われていますが、医師会の胃がん検診が未だデジタルに対応していない為それを待っているところです。そうすればアナログのフィルム現像機を撤去し、そこを大腸内視鏡用の更衣室兼待機室に改造して、大腸内視鏡を始めたいと思っています。

 

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