日本医師会編集「保育所・幼稚園児の保健」分担執筆・平良担当分

U.保育所・幼稚園における育児支援

1. はじめに

 保育所・幼稚園児は、その発育上の栄養の問題,心の健康な発達、いろいろな異常や先天性疾患の早期発見と早期治療など、生まれてから小学校へ入学する前の非常に重要な時期にある。特に心の健康の問題は、家庭教育に深く根ざしており、この時期に早期に、慎重に取り組まなければならない問題と考える。この観点から,平成10年度の日本医師会の学校保健講習会と乳幼児保健講習会は、連動して2日続きでともに心の問題を取り上げた。また、保育所・幼稚園は、家庭と連携して道徳性の芽生えを培う場と位置付けられ、動植物の飼育・栽培、地域の行事への参加など、体験活動を積極的に取り入れることによって社会性の育成に力を注ぐ社会的役割が要請されている。

 子育て支援という面での役割も重要で、保護者の園における体験的保育参加の実施、未就園児の体験入園、親と離れて他の園児と寝食をともにする幼児キャンプなどの自然体験などを企画することが望ましいとされている。このことは地域社会の中で、時代とともにすでに消失しかけている異年齢集団を再構築し、その中で子どもたちに豊かで多彩な体験の機会を与えることになる。こうした体験学習は、1日体験のみならず、数日、数ヶ月、1年、2年といったさまざまなスタイルで企画されることが好ましい。山村留学、国内ホームステイ、長期自然体験村などの企画はすでに進行しつつあり、一定の成果をあげている。地域社会でも、行政には子どもたちの心身の健全な発達を伴う子育て支援のため、冒険的遊び場などを含めた各種施設の整備をお願いするとともに、民間の企画を含むスポーツ・文化活動、ボランティア活動など野外活動の情報提供を積極的に行い、子供たちが参加しやすい環境を整えることが必要と考える。

 家庭(保護者)および地域社会との密接な連携をとおして、保育所・幼稚園が子どもたちの心の健全な発達に果たす役割は、近年ますます増大しており,園医の立場も大変重要な役どころとなってきている。園医は、自ら担当する保育所・幼稚園のみならず、この時期の子供たちの心身の健全な発達のため、どのように保護者や地域社会と連携していくかというグローバルな視点が今まさに要求されている。このためには、専門外の分野については出来るだけ専門家に依頼して補完する必要がある。そのための医師会としての支援体制の整備も必要になってくるだろう。

 これまでの「企業中心社会」から「家族・家庭にやさしい社会」への転換を図るためには、地域社会全体の意識改革が必要になると思われるが、すでに厚生省が歌手の安室奈美恵の赤ちゃんと父親のSAMを登場させた、父親の子育て参加を啓蒙するポスターを作成したように、行政によるムード作りも始まっている。男女共同参画社会基本法も検討され、「仕事と育児両立支援特別援助事業」に基づくファミリー・サポート・センターも全国に設立されつつあり、身体的、精神的な保育所・幼稚園児の発育に我々が医師として果たす役割は大きい。


2. 職員(保母・教諭)との連携

 保母や教諭は乳幼児保育の専門家として、乳幼児の健康管理を含めた保健教育を受けており、その経験もあるので、保育所・幼稚園児の保健に関して、園医の最も重要なパートナーである。したがって、保母や教諭から気軽になんでも相談をかけられる体制を構築することが先ず大切である。こうして得られる日常的な情報収集が、現実に今、子どもたちの世界で何が起こっているかの現状認識を確かにし、常に正しい対応が出来る備えになるであろう。もちろん、開設者・管理者たる所長、園長あるいは理事長などその組織の長とはスタート時点での十分な協議、合意事項などをきちんとしておかなければならないことはいうまでもない。もしも、看護婦や保健婦が配置されていれば、園児の保健に関して理想的なパートナーとなるが,現実的にはなかなか望むべくもない。また、保健の専門家ではないが、事務職員は特に家庭との橋渡し役として、可及的速やかな対応を取る為に、大変重要な連携すべき職種である。栄養師・調理師は、近年のアトピー性皮膚炎や食物アレルギーなど、アレルギー性疾患の治療に連携相手として欠かせない存在である。その他の職種として、心理判定員、運転手、用務員などが挙げられるが、全ての職員と日常的な会話を含めて、気軽に声をかけられる雰囲気作りに意を注ぎたい。そのためには、園医がいつでも気軽に園を訪問できる体制の整備が急務である。単なる健康診断医、予防接種医でしかないのが殆ど現実と思われるが、日本の将来を考えれば、現在憂いをもって語られている児童・生徒の「心の問題」の現状認識、それがもう幼少児期から始まっているという指摘を受けるにいたっては、園医の果たすべき、あるいは果たしうる役割は大きく、十分な手当を持って活躍の場が与えられる必要があるし、園医もそれに応える必要がある。


1.保健委員会

 保育所・幼稚園においても、小・中・高等学校における学校保健委員会のように、園医、職員、保護者の代表者による保健委員会が定期的に開催されることが望ましい。しかし、園児が児童・生徒のように教諭の指導を得て健康に関する調査・研究などを行い、発表する形式は限度があるので、中心になるのは園医による職員や保護者を対象とした健康講話(予防接種を含めた感染症対策、保育所・幼稚園の園内環境安全対策,事故対策、急病時の対処の仕方、マスコミなど氾濫する医学情報に対する正しい対応など)、子供たちの心と体の発達に伴う注意点などの教育になるであろう。乳幼小児、児童・生徒とつながる健康教育の基礎固めとして、こうしたことこそ幼稚園において取り上げて欲しい項目である。もちろん、園児へ直接語りかける、乳幼児向けのわかりやすい、体や心のことに関する健康講話も大切で、園児との心のふれあいも含めて、出来るだけ頻回に計画したいものである。
 また当然の事ながら、その保健委員会では、病児対策、障害児対策、地域環境安全対策についても協議される必要がある。

2.健康診断

 健康診断は、特に保育所・幼稚園に通う乳幼児期では、先天性疾患やいろんな異常を早期に発見することにより治療ないし矯正して治癒せしめる可能性が高く、大変重要である。当然一人の園医で全科を診ることは困難で、かかりつけ医や専門医との連携が大切である。園医が小児科以外の科の医師である場合はなおさらである。特にまだ十分な表現力を持たないこの時期は、保護者や職員からの十分な情報収集が異常の発見に大変役立つ。また必要に応じて、小児科のみならず、該当する科の医師のアドバイスを受ける必要がある。

 事後の処置、指導は主として保護者と職員に対して行うことになるが、当然専門医およびかかりつけ医との密接な連携が必要である。異常の早期発見のため、また本人からの情報取得の困難さを考慮すれば、年2回程度の定期健康診断を実施することが望ましい。当然保護者及び職員からの事前の十分な問診が大切であり、職員はもちろんであるが、可能な限り保護者に立ち会ってもらうことをお願いしたい。この件に関しても、保護者や園側の理解が得られるよう、スタート時に園の管理者側と十分な協議を行う必要があることはいうまでもない。

3.健康相談

 健康相談は個人差を考慮しなければならないのでなかなか難しい。園医がかかりつけ医を兼ねている場合は、おそらく園医の医療機関等で日常的に行われていて、特に問題は生じないが、他にかかりつけ医のある園児については、保健委員会や教育講演会などの場を活用して一般的な栄養、衛生、運動などの講話を行う中での質疑応答といった形の健康相談にならざるを得ない。ふだん健康で特に決まったかかりつけ医を持たない園児に対しては、保育所・幼稚園において定期的な相談会を企画するのが良いと思われる。また、そうした相談会にも時々耳鼻科、眼科等各科の専門医にお願いして、全科を網羅することが出来れば理想的である。
 しかし、その場合でも日常的に職員や保護者から情報が得られていれば、即座に相談に乗ることが出来て、その時点、時点での速やかな相談体制が構築されていることになる。

3. 家庭(保護者)との連携

 今、家庭教育のあり方が問われる中、連携が最も重要でありながらしかし、なかなか踏み込めない分野が家庭(保護者)との連携である。園児を野外活動などに数多く参加させるよう企画していく中で、保護者の参加を促し、連携を強化していく方法がもっとも可能性がある。園医のみならず医師は社会貢献の一環として、そうした地域の行事にボランティアとして積極的に参加することが望まれている。もちろん、限られた日数、限られた時間ではあるが、園における健康講話なども企画して接点を見出す努力も必要である。
 また、行政や医師会が企画する保護者対象の教育講演会、子育て相談の定期開催を呼びかけ、専門性に応じて講師として参画することも家庭(保護者)との連携の一助となるであろう。

 基本的に家庭(保護者)との連携なしに、乳幼児の健康管理が出来ないのは当然であるが、実際の家庭は、母子家庭あり、父子家庭あり、単身赴任、共働き、親のどちらか又は両方の夜勤などの勤務体制の問題と多種多様であり、非常な困難さを伴うことはいうまでもない。

 ただ、登園時だけは大部分は保護者がその送迎バスに乗り込むまでついているのが多いと思われるので、そこで接する職員に可能な限りの情報収集をお願いすることも大切であり、又それが園医に伝わる仕組みも必要である。

1.直接連携

 マスとしてではなく個々の家庭(保護者)との直接的な連携は上述のごとくそれぞれの家庭事情により必ずしも容易ではない。健康診断の結果や事後指導、保健情報や健康相談など多くは書面でもって連携を図る方法がとりあえず選択されるだろう。そうした中で、保護者会・健康相談会など保育所・幼稚園が企画する保護者の会合、地域社会において行政や自治会、婦人会、子ども会等が企画する各種行事、講演会などの催しにおいて接点を見出していかなければならない。それに園医がどの様に関わるかも難題で、時間的にも制約が多く、具体的にはなかなか難しい問題である。結局個人の園医としてではなく、医師会単位で地域社会の中にそうした仕組みを構築していく必要があるのではないだろうか。

 働く女性の増加はさらにこのことを複雑にしており、昼間の時間に直接面接することはなかなか困難である。しかし、逆に週休2日制の浸透、育児休暇の普及に伴い、うまく土曜日を活用して両親そろっての相談会とか、父親対象の育児講座、相談会等を企画することによって、これまでよりも充実した保護者との連携が計られる可能性を模索していきたい。

2.間接連携

 保育園の保母さんを対象にしたアンケート調査(平成11年2月11日朝日新聞朝刊)によると、この3〜5年のこどもの変化では、自己中心児が増えた(80数%)、言動が粗暴になってきている(80%弱)、何かあるとすぐパニック状態になる子どもが増えた(約70%)、他の子どもとうまくコミュニケーションがとれない(約70%)、親の前では「良い子」に変身する(約60%)という結果である。親の変化としては、受容とわがまま放題させることとの区別がつかない(90%強)、基本的生活習慣を身につけさせることへの配慮が弱い(80%強)、授乳や食生活に無頓着である(70%強)、親の「モラル」が低下したと思う(60数%)、すぐに他人の子と比べる(60%強)などとなっている。我慢を知らない勝手気ままな子どもが増えていて、伸び伸び育てることと、自由放任をはき違えている親もいる。入園式や保護者の会合で名前を呼んでも親が返事をしないからもちろん子ともも返事をしない、挨拶をしないケースが増えていると指摘されている。私の経験でも最近では老若男女を問わず、医療機関の待合室で名前を呼んでも、返事をしない、そして黙って立って窓口へ行くとか、診察室へ入るといった行動で返事に代える人がかなり増えている。軍隊を経験した人たちには考えられない光景である。こうした閉塞状況を打破するためには、一人一人と話し合うことは、あまりにも数が多すぎて不可能である。宮城県教育委員会が昨年11月に新1年生の父母に各学校長をとおして、入学説明会の場で入学前に基本的なしつけを家庭で行うことを要請するよう通知したとのことであるが、社会全体の意識改革が図られなければこの問題は解決しない。このためには、やはり行政(文部省や厚生省)が問題意識を強く持って、守備範囲がどうのとか担当がどうのとかという縦割りの弊害を排除し、一致協力して強力な啓蒙活動を展開する必要があると思われる。こうしたことに積極的に参画することによって、園医としての間接的な家庭(保護者)との連携を見出したい。

4. 地域保健サービスとの連携

 核家族化により育児の経験者である親と同居しないための育児不安、逆に自分が好きなことをするために親に育児を押し付ける目的で同居しての育児放棄、育て方がわからないためのイライラからくる幼児虐待、子どもへの過干渉あるいは放任、地域住民の連帯意識の希薄化による地域社会としての支援体制の弱体化、働く女性の増加に伴う育児時間の減少や父親の育児参加時間の少なさなど、行政と医師会が協力して地域社会としての支援体制を構築することにより、解決に導ける可能性のある問題は多い。新聞・雑誌を介して、あるいはインターネットのホームページなどでの育児に関する情報提供、行政や医師会、婦人団体等による育児相談、週休2日制や労働時間の短縮、育児休業制度などがそれである。保育園や幼稚園も少子化により経営上の問題は生じるものの、ゆとりある教育環境を整備するなど保育園・幼稚園事業を見直すことで生き残りをかけていく必要に迫られている。行政でも障害児保育、病後児保育に対する支援事業を行っており、さらに乳幼児健全育成相談事業、地域保育センター活動事業、仕事と育児両立支援特別援助事業など数々の施策を実施し、多様化した社会のニーズに応えようとしている。こうした事業に園医としても積極的に参加して行きたいものである。

1. 地域住民との連携

 地域住民との連携は保育所・幼稚園が地域に開かれた運営を展開していくことから始まる。納涼会や夏祭りなど、園を開放しての保育所・幼稚園の行事への地域住民の参加を模索し、また、地域の高齢者を園に招待しての交流会や、老人病院、老人保健施設、特別養護老人ホーム,デイ・ケア、デイサービス、あるいは老人クラブ等へ出かけていっての交流会などを企画してもらいたい。保育所・幼稚園は地域社会において、最も代表的な育児の専門家集団であり、たくさんのノウハウを持っていると同時に、核家族化・少子化により派生するさまざまな問題、親の問題、子どもの問題を最初に発見できる場所であるといえる。ここから社会に対する警告も、これに対して取るべき正しい措置の要望も発信されることが望ましい。そういう保育所・幼稚園が積極的に地域社会と連携を保ち、園医も含めて、地域社会全体としての子育て支援を考えていくことが大切である。

 核家族化と少子高齢化の中で、近年の大多数の子供たちは、高齢者と接する機会が日常的に欠落しているのではないかと危惧される。そのことが、身体的弱者に対する思いやり、付き合い方がわからないためのさまざまな不都合を引き起こしているのではないか。一方、高齢者は、せっかく長年かけて培った、貴重な経験に裏打ちされた知識や技術を次世代に引き継ぐことなく、一人暮し、高齢者夫婦だけの世帯、昼間は皆出払って一人留守番など、ひっそりと暮らしている実態があまりにも多い。私は、一昨年7月から、老人デイ・ケア施設を併設して、主として痴呆性老人と、脳血管障害で麻痺を残した方々の通所型のリハビリテーションを行っているが、ここへ幼稚園児を招待して、浜松市の協力も得て1日ふれあい体験事業を実践している。第一回を平成10年10月(浜松市立の幼稚園)に行い、その後、私立の幼稚園で3グループに分けて、第2回12月、第3回平成11年2月、第4回を3月に実施した。子どもたちはこの日のためにお遊戯の稽古をして舞台で披露し、その後高齢者が訓練のために行っている風船バレーや缶ボーリング,貼り絵や塗り絵などを一緒に楽しみ,また個々に会話を楽しんだ。子供たちにとっても、高齢者にとっても大変充実した1日であったようである。こうしたことが日常的に行われる必要があるのではないかと感じ、さらに今年度も継続実施する予定で,さらに園の数を増やして毎月実施できるようにしたいと考えている。

 もちろん、保護者への育児講座、未就園児の体験入所勧奨、妊産婦の保育所・幼稚園見学勧奨、その保育所・幼稚園の卒園者との交流会、小学校、中学校、高校、大学等の1日保育体験等の積極的受け入れや、出かけていって給食や体育の時間を利用して一緒に給食を食べたり、スポーツ・ゲーム等を楽しんだり、異年齢交流のためのさまざまな独自の企画も立てたいものである。

2.地域医師会との連携

 育児支援には正しい医学知識が必要である。小児科医を中心に強力な育児支援体制を構築するには、何といっても先ず、組織化が重要かつ原点であることを強調したい。そして、多様化、複雑化する園医、校医の現状打開のため、主たる小児科系園医のほかは、医師会として必要に応じて専門医を派遣できる体制を構築する必要がある。報酬その他、困難な問題も数多く、なんとかクリアしなければいけないが、医師会がイニシャチブを取って進める必要がある。そのためには、必然的に次項の行政との連携がカギを握ってくる。

 小・中・高校なども同様であるが、保育所・幼稚園においても園医の委託は、通常医師会へ依頼されるよりも近隣の医師への直接依頼が殆どであると思われる。まず、ここから改善して、出来るだけ医師会へ依頼するようPRしていくことが必要である。主たる園医は小児科医とすることが望ましいが、小児科医の数には限りがあり、内科系を中心に他科でも小児科の知識を併せ持つ医師にも協力を仰がなければならない。しかしそれでも、一人の医師が全ての科に対応できるわけではないので、必要に応じて派遣する専門医集団を組織化しておくことが望ましい。これが2人目の園医という扱いになれば、医師会による強力な支援体制が実現するだろう。

 公立の保育所・幼稚園が年々減少傾向にあり、無認可保育所などもあり、その組織化はなかなか難しい問題であるが、地域医師会で会員にアンケート調査を実施するなどして何とかもれなく把握したいものである。日本医師会では、平成8年度から乳幼児保健講習会を毎年開催し、情報提供と研修、啓蒙を行いながら、保育所・幼稚園園医の組織化を呼びかけているが、こうした地道な努力が必要なことはいうまでもない。保育所・幼稚園は生涯にわたる健康の基礎づくりの特に大切な時期である乳幼児期を担当しているが、現在園医を引き受けている医師が全て乳幼児保健に精通しているとは考えにくいので、地域医師会においても乳幼児保健講習会等を企画して、研鑚を積むことが重要であり、さらにこうした場を活用して情報交換等を行いたい。その上で、全ての医師が地域社会全体の子育て支援に関わっていける体制がとられることが望ましい。

3.行政との連携

 母子保健法、児童福祉法に基づき、国、都道府県及び市町村には乳幼児の健康の保持・増進の責務が科せられているが、近年その業務はどんどん市町村へ委譲されつつある。しかし、当事者である市町村は今だそのノウハウの獲得が十分とは言い難く、その機能を確実に発揮するためにはまだまだ時間を要すると思われる。園医は単なる健診医、予防接種医にとどまらず、地域社会全体における乳幼児の健康管理、疾病予防、健康教育推進のため、行政に協力してその指導的役割を発揮したい。行政の行うさまざまな子育て支援事業やそのモデル事業に対しても、EBM(Evidence-based Medicine)の手法で、その必要性や予想される成果等十分に批判的に吟味し、意見を述べ改善を求めながら、出来るだけ協力していきたい。無認可保育所等の存在も、行政が地域社会の実態にフレキシブルな対応が出来ていないという側面もあると思われ、早期に何とか解決して欲しい問題である。

 現在行われている事業の中で、「仕事と育児両立支援特別援助事業」を一部紹介したい。これは、女性が職業を継続する上で育児との両立が大きな課題になっていることから、市町村等が育児の援助を行いたいものと育児の援助を受けたいものからなる会員組織として「ファミリーサポートセンター」を設立し、その会員が地域において育児に関する相互援助活動を行うことを支援する事業であり、労働者が仕事と育児を両立できる環境を整備し、もって労働者の福祉の増進を図ることを目的とするものである。急な残業で保育所への迎えが間に合わない、子どもが熱を出したので保育所は預かってくれないけれど、今日は大事な会議があり会社を休めない、一方、子育ても一段落したし、地域で人の役に立てることをしてみたいなどのニーズを結集して、仕事と育児の両立をサポートするものである。このための設置促進事業として、都道府県は市町村に対し、「ファミリーサポートセンター」の設立を促進するために必要な指導、啓発その他の援助を行う。また相互援助事業として設立された「ファミリーサポートセンター」における会員の相互援助活動に対する援助を行う市町村等に対して、その事業の実施に伴う経費の一部を補助する。さらに運営支援事業は、「ファミリーサポートセンター」の円滑な業務運営のために行う調査研究及び会員の福祉の向上に必要な事業と位置付け、(財)婦人少年協会に委託して実施している。この「ファミリーサポートセンター」は原則として、(1)人口5万人以上の市町村、隣接する複数の市町村で共同で設立する場合はその合計が5万人以上、(2)それ以外の市町村で地理的条件及び女性の就業状況等を考慮し、同規模程度以上の事業の実施が見込まれる市町村、あるいは(3)民法第34条の規定により設立された公益法人が設立基準である。国は、予算の範囲内において、都道府県に対し、設置促進事業及び相互援助事業の実施に必要な経費について、その合計額の2分の1の割合で計算した額に相当する額であって、必要と認めた額の補助金を交付するものとされている。平成10年11月1日現在で44市に設立されており、さらなる拡大が望まれる。

 園医・校医や医師会の組織する専門医集団が、経済的な問題なく乳幼児保健に関わっていくための必須条件として、子育て支援事業の一環と位置付け、園医・校医報酬の増額と、医師会が組織する専門医集団の保育所・幼稚園あるいは小・中・高等学校への派遣体制に対して、もう一人の園医・校医として行政がその費用を負担していただくことをお願いしたい。そうすれば、こうした体制構築に大きな推進力となるであろう。乳幼児保健が厚生省、学校保健が文部省、就職すると職場検診など労働者の保健が労働省、国民健康保険対象者は厚生省、老人保健が厚生省と分断し、個人情報もそれぞれにつながらず、本人の知らないうちに処分されてしまったりして、本人のために生かされないという弊害が指摘されており、そうした個人情報は本来本人のものであるという社会的コンセンサスが出来つつある。したがって、4ヶ月、10ヶ月、1歳6ヶ月、3歳検診など乳幼児健診の記録、予防接種記録に始まり、学校健診、職場健診、市町村の基本健康診査、各種がん検診記録、老人健診記録、結核検診、人間ドックの結果から、現在その開示が検討されている診療録(カルテ)を含め、そうした各人の個人情報を1枚の光カード等に収め、必要に応じて本人が選択した必要項目のみを医師等関係者が閲覧できるというシステムが検討されている。行政でもそのためのモデル事業が企画され、実際に行われているが、省庁縦割りの弊害のためか、長引く不況下で十分な財政手当が出来ないためか、時代のスピードになかなかついて行けていない感じを受ける。

4.学校保健との連携

 保育所・幼稚園を含めた乳幼児保健と学校保健は一連のものであり、決して切り離せないものである。現在は厚生省と文部省に所管が分かれており、多少連携の悪いところもあるが、現在省庁再編が検討されている。しかし、それを待つまでもなく、日本医師会の乳幼児保健講習会を契機として、医師会レベルではすでに一体のものとしての議論がスタートしている。一人の子どもに対して、乳幼児期を担当する園医と、その後あがる小学校や中学校、高等学校の校医との連携、養護教諭や保健主事との連携も必要である。

 かつて日本医師会は乳幼児の健康診断を中心とした保健情報を、学校保健管理に用いる試みをモデル事業として実施し、成果を得た。園医によって管理された情報が学校、及び学校医へ伝達されるシステムが機能すれば、さらにかかりつけ医とも連携をとりながら、一人一人の現在の健康管理に利用されるようになり、ひいては、成人保健、老人保健と生涯一貫した、自分自身が責任を持って健康管理を行う体制へとつながるのが理想である。しかし、こうしたシステムの確立は、急がれるものの多額の費用と労力と時間を要すると思われる。

 少子化の流れの中で、いずれは現在の数少ない子どもたちに、日本の将来を託さなければならないことは明白である。私たち医師、および私たち医師の組織する医師会が乳幼児保健をとおして地域社会に貢献できる範囲はきわめて広く、また時代の要請を受けているものとひしひしと感じる。

校正前の原案です。
1999.7.21
    担当 : 日本医師会乳幼児保健検討委員会委員       平良 章

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